[Diary201]

  

Diary 
                                                                                                                      

                                                        VOL.202

★詳しいレポートは、それぞれの日付からリンクさせたブログや、
別レポートのページにあります★


 2010年 7月(前編)           
 ただいま〜! 21日間のRAINBOW TOUR を完了させて、帰ってきました〜♪ 帰った直後は、準備していた頃からのことも思い出して、「やっと終わった。」というホッとする気持ちと、「終わってしまった。」という少し切なく複雑な気持ちが交錯していた。それも、このDiaryを書いている今は、身体の復活と共に落ち着いて、現実に戻ってきているところです。(^^)

 出発前日には、このようなメールも届いていた。
 
 「miyukiさん☆ 6月9日ファーストアチューメントありがとうございました。 わたしも、調子が戻っていたので、チャクラを整えて スタンバイしていました。 開始して、ああこれは、虹のエネルギーだな〜と、笑。 虹のエネルギーが、旋回しながら身体を取り巻いて、 各チャクラを満たしてゆくのが感じられました。 やっぱり、ヒーリングとは違うな〜というか、ヒーリングのときは不調でいっぱいいっぱいだったからというのもあるかもし れませんが、やっぱりアチューメントは違うな〜と感じました 。

 そして、わたしは今まで虹のエネルギーを受け取ることを 自分に許していなかったのかもしれないなと感じました。 で、ようやく受け取れたんだなと。 この虹のエネルギーは、自己実現のエネルギーであると感じま した。 わたしは、サナト・クマラとともに次元のトランスミッション ワークも行っているのですが、8次元と6次元に深い係わりの あるエネルギーであると感じました。 8次元は、ワンネスの虹の次元。 6次元は、太陽の自己実現の次元。 この二つの次元は、とても深くかかわっています。
  そして、わたしが、ヒーリングではなく、アチューメントとし て受け取らなければならない理由がわかりました。 それは、わたしの縦のヴィーナスラインに虹のラインで十字を 創らなければならなかったということでした。 そうしたら、miyukiさんもそう書いてらして、苦笑しました。 miyukiさんの側でもクロスを創り、わたしのほうでもクロスを 創る必要があったのですね。 そのためにはアチューメントでなければいけなかったのだなと 理解しました。 それによって深いレベルでの光と闇(陰陽)の統合と調和がも たらされます。

 それから、実はmiyukiさんとはもっと深いシンクロがあったの です。 実は、イクナートンから、モーセ、そしてパラス・アテナまで エネルギーレベルで繋げたときに、Miyukiさんのブログに出会 ったわけですが、なんとエジプト、シナイ山、ローマ(ギリシャ)と旅されているじゃないですか! わたしがエネルギーで辿った道を実際に歩いている人がいる! これはかなりの驚きでした。 そのことをシェアするかどうかは、かなり迷いました
  ヒーラーさんはそれぞれ神聖な領域を持っていると思います。 その境界線を安易に踏み越えるようなことはしたくなかったの です。 けれども、ここまできたら、委ねようと思いました。 ということで、これは、もうわたしのブログの記事を読んでいただいたほうがいいかと思うので、添付いたします。 パラス・アテナに関する部分が、一番今ペルーの前に必要かと 思うので、その部分を添付します。 もちろん、別の部分では、聖フランチェスコにも触れています 。 機会があったらゆっくりのぞいていただければと思います。   

 この記事の前にイクナートンやモーセ、そしてジャンヌダルク の記事があります。 パラス・アテナネフェルティティの関連も ペルー行きに係わっているようですので。
 それからサナト・クマラからで、ペルーで金星の神殿に赴いて 欲しいとのことです。 もし、それが直接訪れることになっていなくても、 どこかの場所とリンクしているはずです。 それを意識してあるレベルで繋げるということかもしれません 。
 おそらくケツァルコアトルは竜と蛇とも関連があり(虹の羽根 の蛇と呼ばれています。)、金星とも関係があります。マヤ文 明では、ククルカン呼ばれているようです。マヤとインカも繋 がっているはずですよね。 (追記:インカでは、ヴィラコーチャというそうです。)

 わたしたちは、金星のエネルギー、そして太陽の叡智を 恣意的に用いることなく調和のなかで用いてゆく、そのための 準備が今必要とされていると感じます。 エメラルドタブレットもマヤからペルーのそれぞれの太陽の神殿を順次移動していったのではないかというフィーリングがあ ります。(またはその逆のルートも) 取り急ぎ以上です。
 わたしもペルーの旅の間瞑想などで、繋がってゆきたいと思っ ております☆ あっあと、わたしも夏至の日に、7次元と8次元を繋ぐ ナディトランスミッションワークを行う予定でいます。 それには、マイトレーヤ(弥勒菩薩)が深く係わるようです。 このメールの情報の取り扱いは、miyukiさんに一任いたします 。必要だと思う部分だけご利用くださいませ。 」

 こうして必要な情報は、必要なときにもたらされてくるので感謝ですね☆ 旅を終えてから、改めて読んでみると、またさらに気付くことも・・・・

 前回のDiaryに書いていた、「レインボーラインとヴィーナスラインが交差すると、聖なる十字架(クロス)になる。」こと。それが「光と闇の統合と調和」へと繋がり、そのクロスの中心から「新生」として新しい聖なるものが生み出されること。
 「ワンネスの虹と太陽の自己実現」。この旅では、まさにそのことが行われていたのだと確認が出来た。そのために、エジプトのアトランティスに続いて、レムリアの扉を開ける必要があったのだと・・・。

 準備していた段階では、次々に示される事柄に対して、本当にそんなことが出来るのだろうか、ちゃんと成し遂げることが出来るのだろうかと、頭の中で過ぎることがあった。でもそれも私一人がすることではなく、私はただ媒体となり、大いなる存在に身を委ねた状態で、必要な動きをすれば良いのだという思いで挑むことにしたのでした。・・・ それが私の中での限界を超えるものとして。

 旅の間、見守ってくれている存在の中には、聖フランチェスコの姿もあり、誕生日の日に祝福の光を受けることにも。また、ここでパラス・アテナの名前を耳にして、何年も前にパラス・アテナの光と繋がることがあったことを思い出したり。もっともその時は、それがどういう意味を持っていたか気付かなかったのだけれど・・・。

 RAINBOW AGE REIKI を通してのアチューンメントは、レインボーラインを繋ぐためのイニシエーション。そうして繋いだ虹の光のラインを活性化させて、より聖なるものへと高めるために、ヴィーナスライン=ヴィーナスの柱を、ヴィーナスプロジェクト(ライトボディコース)を通して、それぞれの中に降ろして行く。
 そこで出来上がったクロスは、左右対称のクロスになる。それは、まさにエイトスターのゴッドクロスのようでもあり、その中心にあるダイヤモンドのように、光は八方に放たれて行く。

 金星の神殿は、今回最初に「和」を奉納した黄金の神殿の中にあり、いつも瞑想をしていた場所。ヴィーラコーチャは、太陽神ビラコチャとして、レムリアの太陽の門に存在する神のこと。そしてこの旅は、エジプト・ローマからペルーへと繋ぐ旅であったことも、現地で充分に実感してきた。・・・・

 こんな感じで書き始めると、早くも止まらなくなるので(笑)、続きは後でじっくりレポートすることにして。(^^) まずは、旅の帰りに起こっていたことから報告すると・・・

 帰りの乗り継ぎの飛行機が、3時間ほど遅れることになり、待っている間に体調が変化し始めていた。激しい咳が出るようになり、その咳と一緒に突然吐き出すことも。
 機内に乗ってからは、さらに激しくなって吐き気が治まらず、エチケット袋を手に持って、何度もトイレに立っていた。お腹は張った状態だったので、機内食などもほとんど口にすることが出来ず。・・・ 実際に吐いたのは、乗り込む前の一度だけ。むしろ吐いてしまえば、スッキリ楽になれるのにと、まるでアヤワスカの2日目のようだと思ったり、お腹も張っていたことから、つわりのように感じて、産み出す前の最後の苦しみなのかもと・・・。

 そんな気分の悪さに喘ぎ続けていた状態で、ようやく12時間が経って成田に到着。機内を出たときには、全身にまで響く激しい咳が長く続いたので、かなり体力を消耗してしまい、フラフラのヘロヘロ。心臓もバクバクしていて、貧血や立ちくらみを起こさないようにするのが、精一杯だった。

 荷物も無事取り出して、乗り継ぎメンバー達も何とか間に合う様子で、ひと安心。私は最初から、東京で一泊する予定でいたので、それも正解だった。この時の状態では、素早く移動したりすることは難しかったから。・・・それも遅延と同じく、最初からプラン通りだったことがわかったのだけど。遅れた原因は、天候の悪影響(嵐)だったようで、最後の最後まで龍神さまも大働きなのでした。(ぺこりん)
 それに一人ではどうしようもない状態だったので、柾至が一緒にいてくれて、つくづく良かったと思った。スーツケースを宅配で送る手続きを済ませ、移動は一番ラクな成田エクスプレスにした。

 乗り場の前にスタバがあるのを見つけ、マーメイドの女神に癒されようと、いつものチャイラテをゲットして、懐かしい味にほっとひと息。 久々の成田エクスプレスへ。 東京に住んでいた時は、良く利用する機会があったけどね。足も伸ばせて、ゆったりとラクラクだったので、何度か頭を窓にぶつけるぐらいに(笑)、爆睡していた。 柾至は、そのまま都内の友達のところに行くので、途中の駅でお別れ。立ち上がるもやっとという感じだった私の状態をみて、かなり心配だったようで、見えなくなるまで見送ってくれた。

 品川駅前にあるホテルへ。ちょっとした坂道で胸が苦しくなっていたので、また高山を登っているように感じて懐かしかったり。(オイオイ) 何とか部屋まで辿り着き、そのままベッドの上へバタン。長かった〜。帰りの飛行機で、こんなにキツく感じたのは初めてだと思う。
 やっと横になれる幸せ〜♪ そのまま動けない状態で、しばらくウトウトと眠った。一時間ぐらいして、ようやく落ち着いてきたので、ゆっくり起き上がってシャワーを浴びた。 その後は、気分もかなりスッキリしてきた。(ほっ) しばらくテレビなどを観ながら、まったりしてから眠った。

 7月 5日
 翌日は、浅草寺に行くことにしていたけど、この状態だったらどうだろうと思っていた。まず一度眠ってしまうと、朝起きれるのかなと・・・。すると、目覚ましがなる前に目が覚めた。時計をみたら、まだ6時半ぐらい。実質6時間ぐらいだけれど、この間は完全熟睡状態だったので、かなり回復していた。
 それには、自分でもちょっとびっくり。身体というのは、ちゃんとその時々に合わせて動くようになっているのだと、今回もまた実感。予定の時間まで充分にあったので、しばらくベッドの上でまったりしていたら、この旅について、また参加したメンバーに対してのメッセージが、次々に浮かんできたのでメモに書き込んだり。・・・ 帰宅後しばらくしてから、一括送信なり〜♪

 その後、ゆっくりと起き上がって準備をして出た。お腹の張りもすっかり治まっている。・・・ 一つ生み出したかしらん。(笑) 東京は、30度を超えるほどで、かなり蒸し暑かった。持って来ていた扇子は、スーツケースに入れてしまっていたので、浅草で買おうかと思っていたら、100円ショップが出てきた。ラッキー! それも、パープルの蝶々模様があったりして。(うふふ) クイチからプレゼントでもらった指輪のことが浮かんだ。

 この時間なら、「亀十」さんも並んでいないので、お先にお土産をゲット。仲見世は、すでに大賑わいで活気がある。金龍さまも、お久し振り。(カメラを持っていなかったので、前回のレポートで。カナダ2009 Page 13) 金色に光る目が、また迫力ある〜。あれから早くも半年、その時のおみくじのメッセージを思い出した。この間に、(今の私として)やれることはやった・・・と思いたい。

 手前にある不動尊のお堂へ。火のパワーがビンビン。片膝を組んだ「なで地蔵」さまを撫で撫で。(お初です〜) 七福神の絵に引き寄せられて行くと、浅草寺の本堂は大黒天さま、浅草神社には恵比寿さまも祀られているという。ほ〜っ。ちゃんと対になっていたのね。何度も訪れていながら、ようやく知った。お参りしたくなるはずですね〜。(^^)

  護摩木を奉納して、線香を立ててお祓い。竜王さまが見守る手水舎で、清めてから入った。まずは、旅のお礼参り。そして、これからについての誓いと宣言を。その後、本堂を出ようとしたところで、奥に上がれることを知った。(!) 見学だけでは駄目だけれど、お参りであれば上がっても良いという。 靴を脱いで上がらせて頂いて、再度お参りをした。これも、ステップアップの象徴のように感じられた☆

 浅草神社をお参りしてから摂社へ。改装工事が進んで通れないところがあるので、必然的に前回とは逆周りで回ることになった。お大師さまに、恵比寿大黒さま、弁財天さま、九頭龍権現さまに金龍権現さま。最後は影向堂の十二支像さまたちへ。

 一通り済ませたところで、お腹も良い感じで空いていた。実は駅に着いたときに、今日食べるべきものが示されていたのだ。(うほっ!) まだ開店まで30分以上あるので、どこかでクールダウンさせることに。「梅園」さんに入ることにした。あんこが有名なので、冷やしぜんざいでもと思ったけれど、白玉系しかなかったので、暑いけれど一番人気の「あわぜんざい」に決定。
 受付で応対していた人は、目鼻立ちがはっきりしていて、低めの声でクールな話し方をする女性で、誰かに似ていると思ったところ、「美輪さん」だった。(ふふふ) 「あの席が一番涼しいわよ。」と教えてくれた。おかげで温かいぜんざいも、涼しく気持ち良く頂けた♪

 仲見世に戻り、うさぎのきび団子のお店で、甘酒に代わる冷やし抹茶をゴクゴク。(同じく100円なり〜) そのお店の斜め向かいに、ぬれおかきのお店があり、自然薯入りでおいしそうだったのでお土産に。(お店の人も感じ良くて、お薦め。)

 そして、お昼のお店へ。これだけ暑いと食べたくなるのはサッパリ系なのに、示されたというのは何と天丼だったのでした。(!)
 「葵丸進」さんは、浅草でもかなり有名なお店。かなり昔に一度入ったことがある。それ以降は、入る機会もなかったのだけど、この日になって突然出てきたのだ。普段から、あまり揚げ物は口にしない上に、今の状況でどうなのだろうと思ったけれど、ここは素直に従ってみることにして入った。
 > その当時のことを思い出して、ふと過去のDiaryから検索してみたら、このページに。(Diary 62) ついでに前後を振り返って読んでみると、「女性エネルギーが、世界の基盤である。」とか、「母性」について書いてあった。(!) もしかして、そのことを思い出すために。(!?) またその時期は、40日間のプロセスが始まる直前でもあったのでした。・・・

 天丼も幾つか種類があるなかで、以前にも食べていた一番お薦めの「特上天丼」に。それに、赤だしを付けてもらってバランス良く。才巻海老ニ尾、穴子、旬魚、青味の野菜(ししとう)に小新香。どんぶりからはみ出そうなボリューム。丸一日断食状態に近かったところで、いきなり食べれるのかと思ったけれど、パクパク入る。
 その天麩羅というのが、本当に油で揚げているのかしらと思うくらいに、油臭さがない。また独特の食感で、他では口にしたことがないような衣なのだ。お魚も身が柔らかくふわっとしているし、これなら幾らでも入りそうな感じ。さすがにご飯は残したけれど、天麩羅は見事に完食。&大満足〜♪ 
 入ってからしばらくしたら、数十人の団体さんが入ってきて、その後も次々に。お昼時は、外で行列が出来るというのも納得。久しぶりに食べて、かなりの満足。お腹は一杯になるけれど、その後も重い感じはしない。是非また来たいと思った。(油も一番新鮮だと思うので、開店直後がお薦めです♪) ・・・ ちなみに創業したのは昭和21年で、混乱の世の中で平和(丸)に進めるよう「丸進」の名を付けられているそうです。(^^)

 駅に着くと、空港行きの快特がタイミング良く来て、これまた無駄なくバッチリ。まだ少し息切れはするものの、前日はあれだけヘロヘロだったのに、6時間ほど眠っただけで、やることもやって、食べるものもしっかり食べて動けていた。身体の持つ眠れる力に、またまた感謝。

 チェックインを済ませて、羽田名物を探しに散策。定番の「ごまたまご」も目に留まったけれど、今回はあまり心惹かれなかったので、どうやら他のものがある感じ。・・・そこで、何気に目に入ったのがバームクーヘン。私は初めてだけれど、羽田では人気だという「ねんりん家」さん。
 どれどれ、ジューシータイプとサクサクのマウントバームタイプがあるのね。おっと〜! その二種類が、柚子味と抹茶味でセットになったものが出てきたよ。 その名も、「和の結び芽 まるふたつ」。(どひゃ〜!) は〜い、間違いなくこれですね。 何ともまたわかりやすい。(^^) こうして最後の最後まで、「和」で締めくくることに。(ちゃんちゃん) ・・・・ お味もおいしかったです〜♪

 もう一つおまけは、ラウンジゲートにスタバがあったので、再びマーメイドの女神にご挨拶して、チャイラテでひと息ついて出発。ちなみに座席は、ヴィーナスの21番シートなり。(ちゃんちゃん2)

 福岡空港に着いてタクシーに乗ったところで、レインボー模様の車が目の前に出てきた。・・・ 虹のマスターも、お世話になりました☆
 3週間振りのお部屋は、どうなのだろうと思っていたけれど、今回もクリスタルセラを付けたままにしていたので、マイナスイオンが充満して、クリーンな空気で気持ち良かった。驚いたのは、水を全くあげていないのに、グリーンがイキイキしていて、新しい葉っぱが勢い良く出ていたこと。(!) もしやと思ってみると、榊も枯れていない。(わおっ!) 3週間そのままだったのにね〜。 現地での自然界への祈りが通じていることを感じた・・・。

 まず最初にしたことは、オメガW作り。出来立ての溶存酸素300%水を、久しぶりにゴクゴク飲み干す。あ〜、この幸せ。これからは、また好きなだけ飲める〜。続いて、オメガ風呂の用意をしておいた。(うしし) 
 昨日の今日で、部屋に着くと何もする気がなくなるのではと思っていたのに、マイナスイオンの空気とオメガWのおかげもあって、もっと元気になっていた。 それで、翌日まで開くのを止めようと思っていたパソコンも開いてみたり。すると、届いていたメールの記事で、この間に宇宙からアセンションのための空前のエネルギーが降りていたことを知った。(!) それもマチュピチュに入った夏至の日を境として・・・。(お〜っ) 詳しくは、旅のレポートのときに。(^^)
 夜は、待ちに待ったオメガWのお風呂に、ゆ〜ったりと浸かって至福のひと時を過ごし、おやすみなさ〜い♪

 7月 6日
 一足先に帰宅していたメンバーからも、「無事カエル」のメールが次々に届いていた。(ブログにて) それぞれに、ちゃんと間に合ったみたい。ちゃんと、天も配慮してくれていて感謝。お昼前にスーツケースが届いたので、午後はゆっくりかたずけて過ごした。

 7月 7日(七夕の日)
 旅立ち前から観たいと思っていた映画へ。一本目は、「SATC」。ドラマは、しばらく前に再放送で観ていて、同年代ということもあるけれど、今回の舞台はUAEのアブダビだったから是非観たいと思ったのだ。ドバイとは少し異なるエリアだけれど、アラビアンな感じが懐かしく、またふつふつと血が騒いでくる。(笑) シーシャも出てきちゃうし。(ふふふ)
 続いて、数分後に始まったのは「アデル」。サブタイトルが「ファラオと復活の秘薬」。そうと聞けば、観ないわけにはいかないでしょう。(^^) アデルは、インカ帝国を解明するためにペルーに行くように命じられていたにも関わらず、妹を救うために秘薬を探して、エジプトへと向かう。王家の谷で持ち帰ったミイラを復活させて、秘薬を・・・。
 その辺りから、一気に睡魔に襲われて、ウトウトしていた私。(ははは) ふと気付けば、ラムセス2世も登場していた。その後も、夢との境目で、行ったり来たりしているような感じになっていた。・・・アクナテンちゃん!
 ストーリーはさておき、今回の旅はペルーとエジプトを繋ぐ意味もあったので、テーマとしてもピッタリ。次にすることは、例によって旅の間に示されていたし。 は〜い、待っててね〜♪

 7月 8日
 帰った翌日に、山田さんから連絡があって、この日にSTSの料理教室があることを知った。バージョンアップしたオメガナノWによる試食会なので、これまた身体の統合が行われている今にピッタリ。
 STS代表の解説に、長野のスタッフや北野さんによって、天麩羅から手打ちの麺類まで。天麩羅は、中にUFOを入れているだけあって、また幾らでも食べられるくらいに軽い。麺も、粉100%のものが、あっというまに出来上がる。これは料理に携わっている専門家であればあるほど、驚くようなことだという。不可能が可能になる宇宙の愛の科学。この間は、意識的にオメガナノWをゴクゴク飲んでいた。最後に言われていた、「オメガWのように、瑞々しく美しい生き方を・・・。」 は〜い、心掛けたいと思いま〜す♪

 7月 9日
 帰国後、最初のヴィーナス発送。準備している段階で、自分でもこれまでのものとは違うことが、はっきりと感じられた。進化することを求め続ける理由が、ここにもある。それだけ、やることの一つ一つに影響してくるから。それが、外に発信することであれば尚更・・・。

 午後は、Y氏に会った。Y氏との縁も、そろそろ10年近くになる。必要外のことは、話すことも聞くこともなく、会った時には淡々と、私の霊的肉体の部分をチェックしてくれる。40日間のプロセスで生死を彷徨った時や、血液の転換プロセスが続いた時など、一般の医学では計り知れない霊的レベルで起こっていることの意味を、教えてくれていた。それによって、私も確認が出来ていたのだった。普通であれば10年掛かるものを、1年以内で処理するようになってきていると言われたのもその一つ。また同じ頃に、細胞が普通の人間とは異なっていると言われたこともあった。(!) それについては、今回の旅の最後に別の形でわかることが・・・。

 私が具体的にどんな仕事をしているかも知らないし、今回も南米に行くことは話したけれど、何のために、何をしてくるかも知らない。 初エジプトの時は、肉体を持ったまま異次元に出入りしていたと伝えられたこともあったけど、さて今回は何を言われるか、ちょっとドキドキ。

 会った瞬間すぐに、この間の変化に気付いていた。それは、身体のある部分にはっきりと現れているそうだった。それは、自分でも気付かないことだったし、普通の人ではわからないことだと思う。この数年間、ほとんどノンストップの状態で、様々な変化が起こっていたけれど、このレベルでは初めてのことだという。それぐらい私にとっては、大きな変貌を遂げたことになっているという。・・・ あくまで、普通の目では見えないレベルでのことだけど。(^^) 
 
 そう聞いて、素直にうれしかった。確かに今回の旅は、自分でも一つの総決算のものになるだろうと思っていたから。実際に、6度目のペルーであっても、5年前とは見えてくるものや感じるものが、これまでとは異なっていた。それは帰ってきてからも同じ。
 帰りの機内でのことから始まって、その後も夕方ぐらいになると、一気に眠気が襲ってきたり、身体のほうはまだ旅を続けているような感覚が続いていた。それもこれまでの経験上から、ただの時差ボケとは思えなかった。敢えていうなら、初めてのペルーの旅の時と似ているかもしれない。
 いろいろやりたいことはあったけれど、「今は急がないで、身体のリズムに合わせて、ゆっくり動くこと。」そう感じたので、それに応じるようにしていたのだった。

 するとY氏からは・・・「この間に、相当な量の精神的な運動をしているはず。身体でいえば、毎日20kmを走り続けていたほどのエネルギーを使っている。」 そう言われて、確かにこの21日間・・・準備を入れれば、そのもっと前から、今の自分の中で出来ることはやったつもりでいたので、エネルギーとしてはそれぐらい使っていたのだと納得した。それが、私の中での限界を超える結果になったのだと・・・。

 そのために眠いのは当たり前のことで、帰りに急に体調が変化したのもそう。自分の役割を終えたところで、身体に一気に現れてきた。激しい咳は吐き出すような形になり、結果としてそのほうが早い。後の部分は、時間差で付いてくるようになる。そうでないと、身体を壊すことになるから。・・・ とのことだった。

 魂の導きに従って、意識が向かい、身体がそれに合わせて動いてくる。BODY・MIND・SPRITが三位一体になっていることの顕れ。 そのことを具体的に感じたのは、2001年の初ペルーの旅だった。それまでのサイクルであれば、満月の日・・・インカトレイル終盤の日前後に、MOON DAYが来ることになっていた。それが実際に来たのは、帰りの飛行機に乗った時だった。(!) もし実際に予定通りだったら、私にとってはハードだったと思う。その頃は身体も一番のピークを迎えていて(ペルー編 Page7)、おまけに荷物がなくなっていたので・・・。(ほほほ) 自分で意図したわけではなかったけれど、身体は全てわかっていて、それに合わせてくれていたのですね。
 その時だけではなく、その次の旅も、また次の旅も、出発前日に終わったりして、旅の間に重なることはなかった。そして、今回も同じくリマを旅立つ日に・・・。(予定では、旅の中盤だったけれど。)
 それらの経験からも、肉体を三位一体にして動けるように、ライトボディレベルに高めて行くことの必要性を、感じていたのでした。
 
 「進化すればするほど、さらなる進化の道を歩もうとする。」 それが、私たち人間の本能。そして、この世に肉体がある限り、無限に進化が出来る。言い換えれば、肉体がある時でしか進化出来ないこともあるという。
 それならば、この先も遠慮することなく、アセンションの道をどんどん進んで行くことにしよう。・・・ということで、まずはこの旅で転換され、上昇したバイブレーションを下げないようにと、現地で手にした「アンデスの三種の神器」(勝手に命名しています。^^)を、早速摂り入れることにした。どれも、自然界からの恵みとして生まれたもので、手にした場所が場所だけに、じわじわと効いてくるのを感じている。またアヤワスカ状態になったりして・・・。(笑)

 7月11日
 久々の福岡での数霊セミナーへ。参加申し込みはしていなかったけれど、山田さんからチケットを押さえてくれるという連絡があったので、やはり行くべきなのねと感じてGO−!

 第二部の中級クラスからの参加。一部からの熱気で、すでに会場はムンムン。席に付いて、テラちゃんとお話していたら、私の姿を見つけた深田さんがやってきて、ハグハグの挨拶。休憩なしの3時間に及ぶセミナーは、盛りだくさんの内容。その中で、タイムリーにシンクロしていたことをシェアさせて頂くと・・・・。

 ” 「鏡開き」は、2008年の福岡から始まっていた。そして今、福岡はさらに凄いことになっている。福岡で起こったことが、日本で起こり、世界に起こるようになる。それは、福岡が「鏡」の中心だから。
  「自分の意識が、いかに世界に影響して行くか。」 7次元から8次元へ移行するエネルギーは、福岡から放たれ、その中心となるのが福岡である。


 福岡が、情報とエネルギーの発信地であることは、随分前から知らされていたことだけれど、その本来の働きが8次元レベルになって、ますます顕著に表に現れてくるということなのでしょう。
 
 ”ほとんどの人が、何らかの因縁を持っている。その因縁が出るかどうかは、今の生き方による。今、変えることが出来る。

 今回の旅では、過去にしてきたことを清算するために参加していた人もいた。それも彼女一人では出来ないぐらいのものだったけれど、そのためのチャンスが与えられ、多くのサポートのおかげで、彼女も再誕することが出来たのだった。

 エジプトでの瀬織津姫さま糸結びに纏わる話も出てきていた。そして、瀬織津姫さまの本当の名前が、「ヤハウェ」であることが。(!) 「ヤハウェ」の元のエネルギーが、瀬織津姫さまであるという。それで、祀りの儀式の前にシナイ山へ登り、そこで手にした石を使うことになったのだと納得した。

 「女神が動けるようにならないと、地球は変わらない。」 それも、出発前に伝えられたメッセージと同じ。「これからは母性の寛容性が、地球(子宮)を救う最も重要なことになる。 地球(子宮)と宇宙のバランスを保つのも、 女神と女神候補の人類がどれだけ波長を合わせられるかによる。・・・」

 21日間の旅を終えた後では、Zさんを通して女神界の存在から、次のような内容のメッセージも伝えられていた。
 「この度、ご苦労さまでした。私は女神の代表の一人です。あなたの働きは、私たち女神の代行と思って頂きたい。この地球は宇宙子宮です。絶対滅ぼしてはなりません。
 あなたの慈しみの想いを持って、生きとし生けるものに底知れぬ愛を持って対して頂きたい。そういう意味で、今回は大きな働きでした。ありがとう。・・・・
 これからも女神界を代行するリーダーとして、女神候補たちを育て、導いてください。・・・」


 そして、その後でさらにわかってきたのは・・・ ”ここで言われている女神(代行)というのは、媒体として女神の光を降ろしながら、神の手となり足となり、代理人となって、この世で動いていく人たちのことで、女神候補というのは、その女神(代行)を通して光を受け取り、自分らしく輝きながら、女神の光を周りに放って行く人たち” ということだった。
 その時に私の中で、同じくこの旅を見守ってくれていた聖フランチェスコの「平和を求める祈り」にある、「私をあなたの平和の使いにしてください。」の言葉が浮かんでいた。・・・・

 また同じくこの日には、参加したプラチナヴィーナスの二人から、申し合わせたように揃ってメールが届いていた。(^^)

 ★ ひろえちゃん
 「レインボーツアーありがとうございました。長くもあり、短くも感じられ…居心地よく、有意義な、とても楽しい旅でした。なんとか最終の新幹線に乗ることができ、家についたら一時過ぎてましたが、朝、萌を送り出し、私も仕事に…。睡魔と闘って、飴をなめたり、お煎餅を小さく割って口に入れたり…。夜は洗濯物をたたみながら眠ってしまい…。寝てばかりの一週間でした。 
 ツアー中は「ハートを開く」ことを意識していて、実現できた!と感じています。もうひとつ、自分の今生のバースヴィジョンを思い出したい!と思っていました。わかりやすく教えて下さい!とお願いしたら、願いかなって!? 次に行くところが示され…。また!? 「行けば、わかるから…」と。(@_@)
 ペルーのために4ヶ月間、ハードルを一つ一つ越えて行ったことを思い出すと、これをまた、半分の期間で!? と、まだ、少し、エンジンがかからずにいます。(^_^;) まだ、いくらでも眠れそうですが、今週から少しずつ旅を振り返ったり、レイキの練習も真面目に取り組みます。(^^ゞ 
 和龍の絵は玄関に飾りました。マスターコース再受講も大変いい経験ができました。(くにちゃん先生にも感謝しています)  ありがとうございました! 導きを信頼してよかったです!!
 また、Zさんたちとご一緒できて、珍道中(貴重な体験談)も聴かせていただけたし、実際にも体感できたし…。クイチにハグしてもらったら、それはそれは気持ちよく…(でも、誤解を招くといけないので、なかなか人には言えませんね。) 世界に虹のリボンが掛かっていました。虹は新しいスタートの印(しるし)だそうですね。
 新しい自分をますます高めていくように…無理せず少しずつ歩んで行きたいと思います。これからもよろしくお願いいたします。 
 まさしくんには、通訳のほか、萌も大変お世話になりました。今後ますますのご活躍をお祈りしています。」

 ★くにちゃん
 「メールありがとうございます☆ ほんとうにお疲れ様でした(^^) ツアー + 和の奉納  それぞれが、それぞれの役割を 最大源されているんだな〜。と思いました。 帰ってきたら、身近な人が「新生」 という言葉を言っていたり、 「新生」というキーワードの、物を手にしていたりと、 すごく、面白かったです。 周りにもかなり、影響しているようです☆
 今回の旅は、昨年とは全く違いました。 4月からの浄化から始まり・・・・☆ ごっそり、自分の中になる 物を、そぎ落とした感じで・・・・・ 大袈裟かもしれないけど、身をそぎ落とした感じがしてて、 (6月30日の大払いも重なったからかな〜) 自分がひと回り、小さくコンパクトになった気もします。 そしたら、周囲の人が、 小さくコンパクトな物を買っていたり、とすごくわかりやすかった。 最後の2・3日は涙が止まらなかったです。 また、シェアします〜☆ まさしくんにも、宜しくお伝えください(^^)!!!
 追伸 私が帰ってきてから、2日後 りえちゃんが、 夜の仕事辞めたみたいです!!! 」

 > 早くも現実化が起こっているようですね。(パチパチ) 参加したみなさん(女神候補たち)のバイブレーションも、どんどん上昇してきているので、私も女神の光を拡げて行くことが出来るように、もっと磨いて行こう〜!と思っていたら、身体はすでに奥深いところで動いていたようで・・・・
 
 セミナーが始まってしばらくしてから、少しずつ体調の変化を感じていた私は、終わった後すぐに帰るようにした。家に辿り着くと、咳が再び激しくなって止まらなくなった。それでもお腹は、また妊娠時のように空いていたので、急いで特製ドリンクを作って補給。その後は、しばらく動けないくらいになった。東京に着いたときと同じような感じ。

 Y氏が言っていた時間差というのは、このことだったのね。一時間ほど眠って少し落ち着いてから、お風呂に入った。どんな状態でも、いえこういう状態であるからこそ、オメガ風呂には入っておきたい。激しい咳のためか、全身のあちこちに鈍い痛みを感じる。それは高熱を出しているときに、身体がバラバラになるような感覚と似ているけれど、実際に出ているのは39度前後の微熱程度。それでも細胞が分裂しているような、奥深いところでひっくり返っているように、動いているのを感じていた。
 なので、じっと横になっていることもキツく感じられて、しばらく座っていたり。その間も、ひたすらオメガリンゲル水を飲んでいたので、代謝がより活発になって、何度もトイレを行き来していた。

 明け方になって、柾至がサッカーの決勝戦を観ていたので、私も起き上がり、気分転換も兼ねて一緒に観ていた。途中でウトウトしていたけれど、いつものアラームが鳴って目を覚ましたところで、優勝を決めるゴールが入った。この見事なタイミングには驚いちゃったけど・・・。(^^)
 そして、スペインが初優勝!! 今年のワールドカップは、旅行中だったこともあって、全く観る機会がなかったのだけれど、なぜか最後の最後だけ観ることになった。それも優勝国がスペインということで、はっと浮かんできた。
 旅の最後に「和」を奉納したのは、インカ帝国を侵略したスペインに縁のあるカテドラルで、そこを選んだのは、スペインの国がもつ過去を浄化し、インカ(ペルー)との和合を祈るためであったこと。セミナーで言われていた、因縁も変えていくということを、ここでもしていたのだった。そのことが浮かび、今年スペインが初優勝したこと、その瞬間を目にすることになったのも、偶然ではないのだと感じたのでした。そして、意識が世界に影響して行くということも・・・。 またこの時間帯に、皆既日食が起こっていたことも、後で知った。

 7月12日(新月)
 この日は、妙見神社にお礼参りに行く予定だったけれど、さすがに昨日の夜の段階では無理だと思ったので、おとなしく家で過ごすつもりでいた。それに、試合が終わった時点では激しい風雨が降っていて、雷も数回ドド〜ンと鳴っていた。
 それで再び横になり、しばらく眠った。2〜3時間ほど経ってから起き上がってみると、空が少し明るくなっていた。それって・・・!? 突如、私の中でGOサインが出た。やっぱり行けってことですか。(!) 時間も時間だったので、どうしようかと思ったけれど、龍神さまたちから呼ばれているのを感じて、何とか行ってみることにした。
 ゆっくり起き上がってから、そのための準備をした。すると、少しずつ身体が動いてくるようになった。そうして出掛ける前に、二度寝していた柾至に行って来ることを話したら、彼のほうが驚いていたくらい。(またかい!という感じ。笑) 

 外は、雫のような雨がポツポツ落ちていたけれど、それがむしろ気持ち良かった。夜から降っていた激しい雨のおかげで、前日までの蒸し暑さがなくなり、気温も下がって涼しく、空気も澄んでいた。飛ばさないように意識して、ガルーダちゃんで45分ほど走って到着。公園に入ったところで、レインボーマークのトラックが止まっていた。やはり、来るべきだったみたいね。(うふふ)

 いつもより、一時間ほど遅かったのだけれど、ちょうどお昼の用意が出来たところだった。(えへへ) お礼参りの参拝をして、有難く頂いた。青木ママの茄子の煮物に、お出しがおいしい冷麦をツルツル。幾らでも入りそうな勢いで、お代わりもしながらたくさん頂いた。デザートは、Mayumiちゃんがお土産に持って来ていた「INKA CHOCO」。これは、リマの空港で目にしていながら、レジを済ませた後だったので、買い損ねて気になっていたもの。すでに懐かしい・・・。(^^)

 前田さんに、お土産も渡した。ラパスのウイッチストリートで買った、コンドルの像のお守り。これも出来るだけ早く渡したかったので、やはり今日来れて良かった。早めに帰るつもりが、また激しい雨になってしまったので、上がるまで待つことに。それが時間調整というか、その時間までゆっくり過ごしなさいということだったようなので、お言葉に甘えてまったりと・・・。

 結局2時間ほど過ごして、雨が上がったところで帰ることに。そうして出たところで、足元で動くものを発見! きゃっ、何だろうと思ったら、何とカニさんだった。色鮮やかで、立派なハサミを持ったカニさんで、ひと目見てお使いとわかった。それも、一回り小さなカニさんと二匹仲良く。(うふっ) これまたペアで、「和合」の象徴のよう。

 そこでふと思い出せば、今日の新月は私の星座でもある蟹座で起こっていたことだった。(!) なるほど、それでわかりやすく登場してくれたのね。しっかり目も合っちゃってるし。(^^)
 「思いは、宇宙に通じている。」 そう伝わってきて、来れたことに感謝した。・・・ それにこの間、ほとんど咳は出なかったのでした。(写真は、Kazumi さんより)
 帰りには、STS支局へお買い物も。オメガWで漬け込んで作った梅ジュースや、オメガナノWをゴクゴク飲んでバッチリ。家に着くまでに、「77−77」「55−55」「44−44」と続いて良い感じ♪ 部屋に入ってからは、夜の新月ヒーリングとアチューンメントに備えて、ゆっくり休むことにした。

 ・・・すると、夕方からまた熱が出てきた。「動くべき時は動いて、やるべき時にはやるべきことが出来る。」 身体は、そのために全て合わせてくれている。その通りに、しばらくしてオメガ風呂に入って出た時には、また落ち着いてきて、準備が整ったところでヒーリングの時間になったのでした。(ちゃんちゃん)

 その後もまだ続きますが、長くなったので次回のDiaryにて・・・・☆