[聖なる旅]


聖なる旅 



 「天の月」の宴 編



2009.10.3〜10.4

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10月 3日
 今年も、妙見神社にて観月祭を執り行うことになった。 この日は、中秋の名月(旧暦 八月十五日)。うさぴょんの私にとっても大事な日で、餅つきの代わりに、この前後にもいろいろな動きがある。(^^) ちなみに、一年前は24時間ワーク直後のガタガタ状態での参加。(Diary161) ・・・ 改めて振り返ると、自分でも褒めてあげたくなっちゃう。(笑)

 今年はおかげさまで、やることが盛りだくさんで、時間の調整がタイヘ〜ンなこと以外は、身体も絶好調の状態。準備のお手伝いもしたかったけれど、ギリギリまですることがあって、ガルーダちゃんを思いっきり飛ばして向かうことに。(^^;

 いつもの道だけれど、夜だからか、今まで気付かなかった「えびす」という名のお店が目に飛び込んできたり、もう憶えていられないくらいに、ゾロ目ナンバーのラッシュ状態。
 鳥居からの参道には、千灯明が灯されていた。幻想的な光で浮かび上がって素敵。それも一つ一つ手作りで、年々グレードアップしている。(ご苦労さまです。ぺこりん) 

 そろそろ神事が始まるところで、何とか間に合ったみたい。(ふ〜っ)  集まっていたのは、ズラリと数十人。(!) 毎年毎年増えてきて、確実に繁栄している。玉串奉納も、一人ひとり全員に挙げさせて頂いて有難かった。

 ますますの繁栄を祝って、弥栄のカンパイ。直会は、大きなシートを広げて座り、灯りを灯していた。アツアツ団子汁に、それぞれが持ち寄って、お供えされたものを分かち合って頂く。おはぎに御餅や団子、Mayumiちゃんの栗おこわもおいしかった♪ 白玉のデザートもあり。・・・私は、太宰府の焼きかりんとうを持参なり。
 ふみさん特製の御餅は、唐イモにアーモンドの粉と黒豆きなこで作られていた。(写真左  光ってますね〜。) 作っているときに、「船出」の意味があることを伝えられたとか。(!) だから、今日ここに来ている人たちは、特別意味があるようだとも。(ほ〜っ) 
 この後、そのことを示すような出来事が・・・。

 前日は、一日強い雨が降っていた。この日は晴れてくれたものの、お空は雲に覆われていた。その雲の中から、月が顔を出し始めた。一同歓声! しばらくは、雲の中から見え隠れ。 その様子が、皆既日食の状態に似ていて神秘的。 岩戸から、出たり入ったりするかのように・・・。

   

 カメラを忘れてしまったので、携帯でしか撮れなかったけれど、それでも映るぐらいに輝いていた。そこで、周りの様子も撮ろうとしたら・・・! 

   

 わ〜、何だか、すごいことになってるよ〜。

   

 それから次第に、空が割れてきた。それも、月の周りだけが・・・。 その様子を、みんなで見守る。
 
   

 そこに、さらに降りてくる光。 もう何を撮っているのやら、わからない状態。

   

 私の写真ではわかりにくいけれど、こんな感じで月を囲むようなオーラが広がり、肉眼でもはっきりと見えていた。(Mayumiちゃんのカメラより)
 
   

 再び、ゆっくり雲が現われてきた。それを観て誰かが気付き、みんなで頷いた。 その雲が龍の形になり、月が目になったと・・・!
 その時だった、さっと光が流れた。(!) あっ、流れ星だ!! わ〜、みんなの歓声が上がる。一瞬、何だろうと思った。みんなが眺めていた、その月のすぐ横を、まさに光が流れるように走ったのです。
 すごい、すごい! 私も感動して、ウキウキと一気にハイテンション。 願い事を掛ける暇などなかったけれど、その必要さえない。願っていることも、まだ意識では気付いていないことでも、宇宙と同調していることは、この後すぐに叶うのだと・・・。
 
   

 押戸石のウエサク祭にも来ていた、Sさんのアフリカの太鼓が響いていた。Sさんが踊っている間は、宮司さんが叩いていた。 ・・・ 神々や精霊も集まって、一緒に舞い踊っている。

   

 山田の父上もエネルギーを送り続け、再び空が開けて、眩しいくらいに煌々と輝いていた。そして、ある神の姿が現われて、口の中に月が飲み込まれるように入っていく。光の玉のようになって・・・。
 
   

 私たちの中にも、この日に浴びた光が入った。その象徴として、見せてくれていた。写真に写っている、淡いマジェンダ色の光は、女神の光だと感じた。私は、その光を自分の内なる光と融合させて、これからに活かして行けば良いのですね。

 二日前には、神々が入っているという「和龍」の絵も奉納されていた。「天の月」に執り行われた、今年の観月祭は、秋分の日の天地満開祭から続く、祝いの祭りとなっていた。 それは、「999」の日に降りた宝船であり、私にとってはギザで乗った太陽の船からの船出を祝う宴として・・・☆

 そして、この翌日の満月へと繋がっていった。